忌日を俳句に詠むのは難しいとされます。誰かの命日と季節には関連性がありません。ですから俳句に忌日を読み込んでも、季節感がないと言うことになります。ですから仕方なく忌日を詠むときは、別の季語を斡旋したりします。忌日の句に限っては、別の季語を用いても季重なりとはなりません。
百合伐つて崖を荒らせり多佳子の忌 橋本美代子
多佳子忌は五月二十九日。「多佳子の忌」だけでも季語になりますが、イメージが希薄。そこで百合と言う季語を合わせています。美しく凛とした橋本多佳子の生き方を、物語る花です。一方、他の季語を用いず忌日だけで勝負している句もあります。
赤塚不二夫忌おほぜいのゐる木の向かう 堀下翔
赤塚不二夫忌は八月二日。よほどのマニアでなければご存じないでしょう。しかし、赤塚不二夫という固有名詞が強烈で鮮明なイメージを結びます。だって「天才バカボン」「おそ松くん」「もーれつア太郎」などの漫画を生み出したあの方なんですから。
ある座談会で小川軽舟さんが述べています。「この句、私の世代だとものすごく共感できるんです。物心がついたときにはテレビでおそ松くんをやっていて、私も含めた当時の子供たちはみんな、カメラを向けられるとシェーってやってたんです。私たちが生きていた時代そのものが、この句の木のむこうにあるような感じがして」と。おっしゃる通り。シェーは今でもテレビCMに登場しますからご存知の方も多いでしょう。自分のことをミーと言い、おフランス帰りを自称するイヤミの放つギャグは日本中の子どもたちの心を捉えました。
テレビアニメの第一シリーズが放送されたのは1966年から67年。1年余りの間に56話が制作されました。1966年の出来事を挙げてみると、「ウルトラQ」の放送。「サッポロ一番しょうゆ味」の発売。全日空機が東京湾に墜落。日本の総人口一億人突破。日本初のコインランドリー開店。三里塚闘争。ビートルズ来日。巨人V2。「日曜洋画劇場」放送開始。電子レンジの発売。などなど。このラインナップを見てあなたは何を感じますか。
いいことも悪いこともありましたが、暑苦しいまでに人と人の距離が近かった時代。だからこそ、おそ松君が時代の象徴となったのでしょう。だって六つ子ですよ、六つ子。寝るときは一間に六人が重なり合っていました。少子高齢化、ソーシャルディスタンスが当たり前となった今と比較すると、時代の特徴がはっきりと浮かび上がります。「おほぜいのゐる」と詠った掲句。1995年生まれの作者が時代の気分を捉えていることに驚かされます。
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