両の手は太古の器水の秋 木暮陶句郎「薫陶(2021)ふらんす堂」
「秋の水は透明で美しい。その曇りのないさまは、研ぎすました刀の譬えにも使われる。水の秋は水の美しい秋を湛えていう」と歳時記に。掲句は両手で澄んだ水をすくった時のことでしょうか。両手が器になったように感じられたというのです。
作者は陶芸家。さまざまな器を作ってきました。陶芸とは土と水をこね合わせて形をつくり、そのこわれやすい形を火の力で永遠にする行為。地。水。火。古代ギリシャの哲学者が看破したように、いずれも世界を構成する要素です。それらを操る陶芸家は、手で考える哲学者。この世界の神秘を知っている人。
もしかしたら、陶芸家にとって器の理想とは、両手なのかも知れません。最も単純で最も古いかたち。この世に器が登場する以前から存在し、今に至るまで姿を変えていない唯一の器。そのことを秋の水が教えてくれた。時空を超えて現代と太古がつながった瞬間を詠みとめた一句ではないかと思いました。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html
最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(秋)