猪の腹裂く青空を一度見て 杉浦圭祐「異地(2021)現代俳句協会」
猪は秋の季語。歳時記には「晩秋になると、夜 山から里へ下りてきて田や畑を荒す。芋・豆などを食い荒したり、土を掘り返して野鼠や蚯蚓なども食う」と記されています。掲句は猪猟の一場面でしょうか。眼前に獲物の猪が横たわっています。その腹を裂く前に青空を一度見るというのです。一度見る、という措辞が何ともリアル。空を仰いで大きく息を吸ったのでしょう。解体は修羅場。一頭の血が流れます。一頭の肉が削がれます。一頭の内臓が引き出されます。一頭の骨が断たれます。一頭の皮が剥がれます。命そのものと向き合う行為です。始めてしまえば、もうあと戻りはできません。その前に呼吸を整える。気持ちを整える。そんな瞬間が必要なのだと思いました。田畑を荒らす害獣の処理であれ、スポーツの狩猟であれ、生きものの命を奪うことに変わりはありません。その行為の重さを、空を見る一瞬に描き切った一句。青空の澄み切った印象を脳裡に残したまま、猟師は手を真っ赤に染めて行きます。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html
最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(秋)