硯北といふみどりさすひとところ 大石悦子「百囀」(2020)ふらんす堂」
硯北、読めますか。「けんぽく」だそうです。私は読めませんでした。手紙のあて名の脇に添え書きして敬意を表す語のこと。広辞苑には「採光のために机を南向きに置くと、人は硯の北に座ることから」と記されています。そう聞くとなるほどと納得します。「文机の北側に座って、あなたにお手紙を差し上げます」という意味なのですね。
「緑さす」は新緑の傍題。初夏の若葉のあざやかな緑です。南向きの窓から新緑の光が入ってきて、手紙を書く場所を照らしているのです。明るくて清潔なひととき。あて名の人のことを思えば、一層すがすがしい気持ちになるのでしょう。硯北という古めかしい言葉が、手紙を書く人の真心を私たちに届けてくれます。こうした言葉の選び方、使い方は作者ならでは。ちなみに句集のタイトルとなった「百囀」は、多くの鳥のさえずりのことだそうです。「ひゃくてん」と読みます。
作者はこの句集で第13回小野市詩歌文学賞と第55回蛇笏賞を受賞しています。
最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(夏)
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html