祇王寺の柱を借りる昼寝かな 藤本美和子「冬泉(2020)角川書店」
昼寝は夏の季語。「酷暑の折は夜も暑さで熟睡できず睡眠不足になるので、疲れを取るために午睡するとよい」と歳時記に記されています。
さて祇王寺は平家物語にも登場する尼寺。平清盛の寵愛を受けた白拍子、祇王が清盛の心変わりで都を追われるように去り、母妹とともに入寺。出家した悲恋の尼寺として語り継がれています。夏は苔のみどり、秋は紅葉で名高い祇王寺。掲句はその柱を借りて昼寝したというのです。寝そべったわけではなく、柱に凭れているうちに、つい うとうととしてしまったものか。この寺であれば栄枯盛衰、諸行無常の夢を見たに違いありません。千年の時空を超えて、白拍子の魂に出会う。そんな夢幻能のような奥行きを感じる一句です。
ちなみに、昭和に入って庵主をつとめた高岡智照尼は新橋の名妓だった女性。瀬戸内寂聴の小説「女徳」のモデルと言われています。芸妓時代、情夫への義理立てに小指を詰めたとされるエピソードで知られる彼女。美しく激しい女性たちが身を寄せた寺は、今日も静かに奥嵯峨に佇んでいます。
最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(夏)
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html