蟻強しこゑもことばも持たぬゆゑ 高柳克弘「寒林(2016)ふらんす堂」
夏の一日、蟻の列を観察したことはないでしょうか。黙々と移動し続け、倦む事を知らない働きぶりに畏敬の念さえ抱きます。戦利品となる骸を刻み、運び、また引き返して同じ事を繰り返す。一匹が死んだとしても何もなかったかのように、他の一匹が列に加わる。ここでは個ではなく全体が優先されます。蟻の巣という大きな生命体があり、一匹一匹はその細胞。取り替えのきくパーツでしかないようです。声をあげ、言葉で話すのは個の力。声と言葉で一つの個体が周囲を説得し、大きな集団を動かすことができます。しかし蟻の世界には声がない。言葉もない。集団の意思は常に一定でぶれることがありません。だから強い。作者の指摘する通りです。
「青い鳥」で有名なベルギーの作家メーテルリンクは、蜜蜂、白蟻、蟻と言う三種の社会的昆虫を題材に三部作を残しています。その最後を飾る「蟻の生活」ではこんな事を書いています。「あらゆる昆虫の中で、アリだけが軍隊を組織し、攻撃的戦争をくわだてる種族である」「不正義きわまる種族こそが、もっとも文明化し、知識の発達した種族であることを認めざるをえない」出版されたのは1930年。当時の知見ですから、今日の昆虫学の常識とは異なっているかも知れません。しかし彼はナチス勃興前夜のヨーロッパ社会にあって、すでに全体主義の危険を予見していたように思います。
掲句、蟻の強さを讃えていると読むことも、蟻の強さを憂えていると読むことも可能。あなたはどう鑑賞しますか。
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