みずぬるむ「水温む(春)地理」【最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」/蜂谷一人】

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ひとつ足す窓辺の木椅子水温む  日下野由季「馥郁(2018)ふらんす堂」

水温むは春の季語。寒さがゆるむと、あたたかい日差しで沼や池の水がぬるんできます。春を迎えた喜びにあふれた季語です。日差しの伸びてきた窓辺に木の椅子を足します。家族が増えたのです。一人から二人へ。結婚して椅子が二つになりました。さらに子どもができれば椅子は三つに。四つ、五つと増えてゆくのかも知れません。窓辺に置く木の椅子は家族の象徴。応接セットの椅子ではなくみんなが集うリビングの椅子です。

さて、木の家具は生きていると言われます。木の家具を置いた部屋は結露しにくいそうですが、それは木が呼吸して部屋の空気を吸ったり吐いたり。湿度を調整しているから。木の成長がとまっただけで、決して死んでいるわけではないのです。よく出来た家具は長持ちしますが、それでも少々の反りや歪みは避けられません。しかし長く使っていると愛着が湧いてきて、軋みやガタガタまで愛おしく感じるようになるもの。いうなれば家具というより相棒。掲句で言えば木の椅子そのものが、家族の一員となってゆくのでしょう。描いているのは現在のことなのに、未来への長い時間を感じさせる一句です。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

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