そつぎょう「卒業(春)生活」【最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」/蜂谷一人】

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卒業の日の体育用具室の匂ひ 今井聖「九月の明るい坂(2020)朔出版」

体育用具室の匂い、覚えていますか?確か、体育館の入り口のあたりにあってマットや跳び箱が置かれていました。埃っぽくて黴臭くてちょっと冷たい場所。決していい匂いではなかったのに、この言葉を見ただけで鼻の奥がつんとしてきました。何故か懐かしい匂い。それも卒業の日なら、尚更です。

俳句で卒業を詠むときは、年齢がわかるようにと教えられたことがあります。小学校なのか、中学校なのか、それとも高校か。掲句はいつの時代のものでしょうか。推理してみます。

小学校の卒業では、あまり感傷的になりません。だってまだ十二歳ですよ。式だけで授業がないのが嬉しく、母親が着物を着ているのに驚きましたが、それだけ。過去を振り返る習慣はまだありません。

中学校のときは、ちょっと切なくなりました。市立の小中だったので近所の仲間がクラスメイト。勉強と遊びが同じメンバーでした。中学を卒業すると進路がはじめて分かれます。殆どの子が進学しましたが、高校の普通科もあれば、商業高校や工業高校も。もうあの友達と会えなくなると思ったら泣けてきました。でもそれも一瞬のこと。別れるとは言っても同じ町。小さな町ですから、いやでもすれ違います。別離の実感はさほどありませんでした。

さて高校。今度こそ、友達と離れ離れになります。就職する子、地元の大学へ進む子、都会へ出てゆく子。皆が人生の岐路に立たされます。こんな時です。埃っぽくて黴臭い、あの匂いが懐かしくなるのは。体育用具室に思い出ができるのもこの頃。不良っぽい子に呼び出されたり、女子とひそひそ話し込んだり。卒業文集には記されない秘密の学校生活がそこにありました。

だから掲句は、高校の卒業の日。卒業式が終わり、部室に(ちなみに私はブラスバンドでした)顔出しして挨拶したあと体育用具室に寄ったものです。そうすると、他にも2〜3人用もないのにやって来た連中がいましたっけ。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

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