霜の夜の起して結ぶ死者の帯 井上弘美「汀(2008)角川SSコミュニケーションズ」
同じ句集に「母の死のととのつてゆく夜の雪」という句があります。どちらも母上の死を見つめた句なのでしょう。納棺前の身支度の場面でしょうか。白い装束を着せられる母上。帯を結ぶときには、体を起こさなければなりません。亡くなったひとの体を起こすのですから、悲痛さが極まります。もうこの体に触れることは出来ないという思いとともに、やはり蘇らないのだという諦念も湧いてきます。この句では しも、おこし、ししゃ、と「し」の音が繰り返されます。そのリフレインがしんしんとした静かさを募らせるかのよう。しらべが美しく、霜の夜の冷たさが一層、身に沁みてきます。
作者の句には、死者と心を通わせるものがいくつかあります。彼岸と此岸のはざまに立って、二つの世界に手を差し伸べているような感覚。浄められた夜の透き通った悲しみです。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html
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