小面をはづしかの世のころもがへ 小川楓子「超新撰21(2010)邑書林」
アンソロジー句集からの一句です。季語はころもがえ。俳句の世界では更衣と書きます。歳時記には「季節の推移にあわせて衣服を替えること。俳句では夏の衣服に替えることをいう」と記されています。
小面は、能で用いる年若い女の面のこと。掲句は「若い女の顔を外してあの世の顔に変わる」といった意味になるでしょうか。死者が面をつけて現世に現れ、面を外してあの世に帰ってゆく。一言で言えば幽玄の世界です。
そもそも能面とは何でしょうか。装束をまとい支度が済んだ能の演者は、鏡の間と呼ばれる舞台の奥で、厳かに面をつけます。能面はおもてと呼ばれますが、おもてに見せる顔をつけることで、演者はその裏の闇に姿を隠す。面が現世と彼岸の境界となっているのです。
小面の裏に、闇があることを示す掲句。若い女の面であるだけに、一層しみじみとしたものを感じます。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html