鮴の佃煮鮴のこちらは卵とぢ 正木ゆう子「羽羽(2016.9.23)」より
鮴は高知県で親しまれている淡水性のハゼ科の魚の総称。中でも清流四万十川のものが珍重されます。他県の者には珍しい料理が並ぶ掲句。書かれていなくても、辛口の酒が傍に見えてきます。
実は私、高知県に五年ほど勤務したことがあります。土佐人の鮴に寄せる思いは、皆さんの想像以上と言っておきましょう。高知で居酒屋に入ると必ずと言っていいくらい鮴に遭遇します。佃煮はお通し。卵とぢの汁はシメにどうぞ。日本酒に合うので、酒飲みたちの心を掴んで離しません。
さて四万十には珍しい漁が色々と残っていて、鮎ならば火振り漁。夜、舟に松明を灯して鮎を網に追い込みます。鮴ならばガラ曳き漁。多数の貝殻をぶら下げた縄を流れの中で引きずります。その音と光に驚いた鮴は下流に逃げて行きます。そこには仕掛け網があって、逃げてきた鮴を一網打尽。
私は高知を離れてもう随分日が経ちますが、それでも時々思い出すのは鮴の卵とぢと鰹のたたき。高知の酒席は楽しく賑やかで、知らない者同士がすぐに仲良くなります。そのうちに穴の空いた猪口が回って来ます。指で塞いでいないと酒が漏れてしまいます。下に置けないので飲み続けるしかありません。あれには閉口しましたが、作者はどうだったでしょうか。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html