よかん「余寒(春)時候」【最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」/蜂谷一人】

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旅支度伊予の余寒を思ひつつ   星野椿「早春(2018)玉藻社」

女性の歳を書くのはルール違反かも知れませんが、作者は1930年生まれ。この「早春」という句集の刊行は八十八歳のとき。米寿の記念に出版されたものです。年齢をものともせず元気に全国を飛び回っている姿が掲句に表れています。伊予は作者の祖父、高濱虚子の故郷。「今頃は、意外に寒いのよね」と言いつつ旅支度をしているのでしょうか。羽織るものを一枚忘れずに持っていこう、などと考えながら。虚子は「鎌倉を驚かしたる余寒あり」と詠みました。余寒と地名を用いているところ、虚子への挨拶ともとれる掲句です。

句集の後書きに高橋睦朗さんがこう書いています。「聞くところによると、椿さんの前身である早子さんは俳人になるつもりなど毛頭なかった。それが母堂立子さんが倒れたため、虚子先生と立子さん、加えていえば高野素十が育てあげた玉藻を放っておくわけにはいかず、主宰を嗣ぐべく俳句をつくりはじめた。結果はどうだったか。誰にも真似ることのできない天真爛漫・天衣無縫な句が生まれ、育っていったのです」

早子は椿さんの本名。天真爛漫・天衣無縫は努力して得られるものではありません。結社の主宰をつぐ、そんな大役が巡ってきたら鬱陶しく投げ出したくもなるところ。しかし、作者はいつも笑みを絶やさず、運命を楽しんでいるように見えます。どこまでも自然体なのです。

作者の作句信条は、有季定型、花鳥諷詠を守りつつ「見たまま思ったままを写生すること」だそうです。日々のことを、取り繕わずに書いたように見える掲句。いざ、真似しようとするとことのほか難しいことに気がつきます。我々はどうしても構えてしまう。自然体が身についていないからです。作者の伸びやかな作風は、ときに春風のように感じられます。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

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